限界虚無オタク録

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アニメや漫画の感想を書いたり、たまに日常のことだったりのオタクブログ。

劇場版「SHIROBAKO」の最後のギミックが良かったという感想(※ネタバレ注意)

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さっそく見てきました。

2月は(なぜか)体調が悪かったり別のことにリソース割いてたりでブログ出来てませんでしたが、劇場版「SHIROBAKO」見てきたので感想書きます。

 

見終わってから気付く「SHIROBAKO」を劇場版でやるという難しさ。それをクリアしてテレビ版に負けずとも劣らない出来まで仕上げたのはそれこそ足掻くようなもがくようなそんな苦心があったと思われる。劇場版「SHIROBAKO」なんて期待が尋常じゃないのに素直によくやったと言いたい。

 

劇場版「SHIROBAKO」はテレビ版から4年後の時系列。武蔵野アニメーションはさらなる躍進を遂げているかと思いきやパッとしない状況に。それは宮森だけではなく宮森以外の4人も同様。ここは視聴者に現実ってこうなんですねというストレスをかけるゾーンが続く。

武蔵野アニメーションはとある事件をきっかけに大幅に弱体化してしまったわけなんだが、それを打開する転機として劇場版アニメを作るチャンスが舞い込む(ただしの納期は激ヤバ)

ということでバラバラになったかつての武蔵野アニメーションの面々が戻ってきて劇場版アニメ作りに邁進していくというのが大筋。

途中まで見ていてまぁ面白いよ、うん。テレビ版のキャラクターも出てきて熱い展開もある。なんか悪いやつがいてそれに対するカタルシスもまぁあるにはある。面白いよ。面白いけど……これテレビ版のが面白くね?と途中まで思ってた。というかテレビ版で色々やりきった感があった。

SHIROBAKO」というアニメは「アニメを作るアニメ」ということでどうしても山や谷が限られるようなそんな気がした。しかも劇場版という枠の中でテレビ版とは違うものを生み出すのは相当難易度が高い。

艱難辛苦なアニメ制作を強いられているのは武蔵野アニメーションだけでなく、現実でもそうなんだ、というようなメタ構造を感じてしまった。(同じ劇場版アニメだしね)

それに気付かされたのは作中で思いの外あっさり劇場版が完成した場面から監督が実は納得していなくて作り直しをするかどうか話す場面。劇中と劇中劇がリンクしている演出というか仕掛けなんだと僕は思ってここでははあと感心し、劇場版「SHIROBAKO」やるやんと認識を改めた。

そして、劇場版「SHIROBAKO」のカタルシスの回答。それはアニメーションの力でした。

劇中ではラストシーンを作り直すということで明らかに力の入ったアニメーションが最後に流される。なんとなく全体的に作画が省エネであやしいなと思ったけどすべてはここのためにあったのかと納得。力技ではあるけど仕掛けが効いているので技巧でもある。このアニメーションの力で殴っていく感じは「SHIROBAKO」らしいし、最適解だと思った。いやぁ、アニメっていいもんですね。

 

色々書きましたけど細かいところでは普通にいい場面だったり、いいシーンがありましたけど(遠藤さんのくだりとか)僕はやっぱりこれまで書いたことが劇場版「SHIROBAKO」のすごいところかなと思いました。

水島特有のミュージカル調な感じが多かったのはまぁうんといったところだけど、宮森がアニメ制作に向かっていくところはちょっと逃げの演出かなという気がしないでもない(多分感情の変化とかそこまで描写するよりもここは勢いでという判断だとは思うんですけど)まぁまぁ許したるわ。

 

僕は確かに劇場版「SHIROBAKO」が伝えたかったことを感じ取ったつもりです。

全然違ったら……まぁ、それはすみません。もう一回見ますね。

 

最後に。

SIVAじゃなくてエヴァは本当に今年やるんですかねぇ。

 

以上